それは「人間関係リセット症候群」です
あっと言う間に解決してしまったような気がしますが、別に人間関係をリセットしたいのではなく、どちらかといえば過去の思想とか発言とかをなかったことにしたいのです・・・どちらかといえば「ログアレルギー(蓄積型拒絶反応)」とでも言うような
まさや特に何かをピンポイントで消したいというよりも、ふわっと全体的に有耶無耶にしたい感じかもしれません
残したかったもの・残してはいけないもの
書き出しは美しいノート
学生時代に「今回はきれいにノートを取ろう」と意気込んで1ページ目1行目の日付とタイトルだけは、定規でも使ったのかというくらい丁寧に書くのですが、2ページ目の後半あたりからは文字の右肩が上がり始め、3ページ目にも差し掛かると自分にしか読めない独自のフォントが誕生することもある。結局、その生の喜びとオリジナリティが溢れるノートを最後まで使い切ることはなく、新しい学期が始まるたびに「今度こそは」と新しいノートを買い足す・・・





仕切り直しの人生です(遠い目
有言不実行な愚か者の過去の発言が足を引っ張らないようにInstagram(インスタグラム)のストーリーズ的な24時間で消える投稿があるという意図は理解しつつも、せっかく考えて書いたものがあっさりと消えてしまうのってもったいないとか考えてしまったり、数年経つとあの頃の発言を全削除したいと考えるなら24時間で消える方が良いんじゃないだろうかという結論が出ないループに入ってしまっています
あれがデネブ アルタイル ベガ
そもそも24時間だと少し消えるまでの時間が短い気もするのですが、じゃあどれくらいの期間が適正なのかと言われると答えは難しく、いつまでも消えないといつか立派な「汚点」になる可能性があるし、過去の発言という汚点と汚点がつながって「汚線」になり、それが積み重なると、最終的には夜空に燦然と輝く「汚星座」として昇華されて歴史という星空に固定されてしまう可能性も否定できません


一番恐ろしいのは自分では目を逸らしたい汚星座だと思っているものが他人の記憶にしっかりアーカイブされていて、ふとした時に「数年前のあの記事、良かったです!」なんて言われようものなら、それはそれは局所的大規模な羞恥心爆発を起こすことでしょう(未経験)
そうなってしまうと困るので、汚点及び汚星座予備軍の方々には「O点(汚点・汚星座認定基準点)」を超える前に可及的速やかかつ静かに空の彼方で爆発霧散してもらわなければならず、過去の発言などは防犯カメラのデータみたいに新しいデータが増えると古いデータからからところてん式に押し出されて消えていくのが理想ではないのかと私は考えています
知らない間に消えていれば「そんな恥ずかしいこと言ってましたっけ?」という顔をして生きていけるので、自動で「Google Search Console」から削除申請もしておいてもらえるとGoogle検索結果からも消え、スニペット(検索結果の説明文)に表示されるのも阻止されるので尚良しです。でも、ふとした瞬間に「あの時、私なんか書いてなかったっけ?」と思い出せない空白があるのは、それはそれで自分の人生の一部をシュレッダーにかけられたような喪失感があるのではないかというモヤモヤ感も存在しています
過去発言確認の重要性とAIの残酷さ
そういったモヤモヤを考えると、やっぱり一度「消す前にチェックは挟んでおきたい」と思いつつ、チェックを挟むことで自らの恥ずかしい発言を再確認するという自傷行為のような羞恥的行動に耐えられるのかという疑念が湧いてきてもいます。もしブログやSNSに「AIによる自動過去投稿削除機能(チェックあり)」なんてものが実装され、無作為に数年前の妙に意識高い系の投稿がピックアップされ「この投稿は最近のあなたの思考と著しく異なります。削除しておきましょうか?」などとチェックを委ねられようものなら私のか細いメンタルは耐えられるだろうか、いや耐えられないに違いない
そんなAIの問いかけの裏には「今のあなたが読むと死にたくなる内容だから汚点を清掃しましょう」という彼らなりの配慮が透けて見えるわけですが、その優しさが私のライフを削る凶器になっていることをAIはまだ分からない(と思われる)のです。それはもう「昔は相当痛かったですよね(ニッコリ)」という宣告ですし、何なら「その思想素敵だよ!世界に発信しなよ!」って投稿を後押ししておいて後から刺してくるタイプのやつです。AIっていつもそう!
消える汚点・生まれる汚点
そもそも私は過去にそんなに恥ずかしい発言をしているだろうかと考えたりもしますが、しているに違いないし、していないとおかしいという謎の自信に満ち溢れた被害妄想に囚われたりもし、こうして私は新たな汚点(この記事)を生み出し続けるループに陥っています



つまり今、そんな状態です









